はじめに
ポケモン30周年。
ポケモンが根強く30年間愛されてきた理由の1つにマルチな領域への進出がとてもうまかったことにあると思う。
以前読んだ「オタク経済圏創世記 GAFAの次は2.5次元コミュニティが世界の主役になる件」にそのヒントがあったので、今回はそのことについてまとめる記事としたい。
アニメとメディアミックス
オタクと呼ばれるコンテンツマニアはベースとしてアニメ文化に紐づくことが多い。
オタクたちによって、コンテンツ販売の売上高は拍車がかけられ、市場の規模は大きくなる。
1960年代からアニメのほとんどは漫画から生まれてきた。
1980年代ぐらいから漫画からゲームへのクリエイティビティの矢印が向くケースも見られる。
1986年にはドラゴンボールの作者である鳥山明先生がドラゴンクエストのイラストデザインを担当。
漫画やアニメやゲームのメディアミックスが行われると、業界もユーザ基盤も違うことで、本来、手が届かなかったユーザーにもマネタイズやプロモーションが行き届くようになる。
そして、アニメはそのマネタイズのハブになり得る。
マネタイズは「著作権(ライセンス)」によって決着する。
つまり、その作品の権利を持っている人はその作品がヒットすればお金が手に入る。
アニメにはキャラクター画像、声、動画、ストーリー、音楽などがすべて入っている。
つまり、アニメがマネタイズのハブになる。
ゲームや商品化によってアニメをベースとしたライセンスビジネスで、プロモーションとマネタイズのキャラクターの経済圏というキャラクタービジネスのバリューチェーンとなる。
このビジネスは出版・放送・広告代理店・玩具メーカー・アニメ制作などの全く異なる業種が同じように投資して回収するビジネスモデルになっている。
そして、このビジネスモデルでもっとも成功したのが、ポケモンである。
ポケモンビジネス
1996年2月~2000年12月の間でポケモンのキャラクター経済圏はゲームとそれ以外の商品、カードゲームなどを総じて、約10兆円規模となる。
アニメ化の提案をしたのは小学館だった。
ポケモンのアニメは1997年の4月に始まり、その時の視聴率は10%でその後大ヒットする。
小学館・小学館プロダクションのライセンスノウハウが無ければ間違いなくこのポケモンの成功は無かった。
小学館・小学館プロダクションのライセンス整理は素晴らしかった。
どこにどのライセンスを出せばいいかを整理する。
玩具はタカラトミー(当時のトミー)、食品は永谷園やハウス食品のように整理していく。
最初の5年間では、70社に展開され、4000種目の商品が展開され、その消費額は7,000億円に達した。
ポケモンはゲームから始まる。
企画と開発をゲームフリークが行い、そして、任天堂とクリーチャーズとの3社で共同事業が始まった。
この3社がポケモンの原作を生み出し、同時に世界観とキャラクターの責任を担う。
他のカードゲームや、アニメや、キャラクター商品などは多くの企業が関わる。
それぞれの企業が、自分たちの管理する範囲に責任を持つ。
それぞれの収入をどう上げるかを考えるが、同時に消費者の世界から見たインパクトを考えるプロモーションをどう上げるかも考える。
キャラクター経済圏は無形の文化商品ビジネスだが、そこから派生する有形の商品に価値を持たせている。
次のコンテンツへの変化
アニメ動画配信、オンラインゲーム、電子漫画とメディアコンテンツは新しくなってきているが、
どれにも共通することとして、「つくりあげたものを配付し、視聴してもらう」という一方向モデルではなくなった。
どのコンテンツも「ユーザーコミュニティの形成を前提に、コンテンツを生きたものとしてアップデートし続ける」という双方向モデルへ変わってきた。
この変化に対して、ビジネスモデルをチェンジすることができた産業が、2010年代に入ってからの成長産業となった。
一方で、ポケモンを考えてみると、もともとコミュニティを作りやすいコンテンツだったと思う。
その理由として、ポケモンの初期から搭載されていた「交換」という機能だ。
家に籠ってゲームをするのではなく、コミュニケーションをしに出掛けるきっかけとなっていた。
また、「ポケモン GO」も外に出るためのゲームとしては有用だったと思う。
もともとポケモンの世界観は人とポケモンとのつながりも考え込まれており、現実世界にいたらという想像を掻き立てられる。
そのため、現実世界とゲームの中の世界の境界が想像力によって縮められている。
これも、「ポケモン GO」の成功の大きな要因の一つだと思っている。
最後に
ポケモンの偉大さと、多くの優秀な企業の偉大さを感じられた。
今後のコンテンツを考える上でのヒントとしたいと思った。

