「サピエンス全史」を読んで人類史を学び、幸せについて考える #読書の記録(73)

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はじめに

今更ながら、サピエンス全史を読みました。

超が超つくほど有名な本で、知の巨人、ユヴァル・ノア・ハラリ氏によって書かれている本です。

人類がいかにして地球の支配的存在となったのかを、「認知革命・農業革命・科学革命」という三つの転換点から解き明かしてくれる本です。

その膨大な内容から、まとめるのは難しいなと思いつつも、この内容を自分の中に吸収するためにはアウトプットも必要だという思い、ブログとして一度アウトプットをしたいと思いこの記事を書きました。

内容がボリューミーなので、自分の中で印象深い幾つかをピックアップして書いていこうと思います。

虚構のおかげで我々は協力できるようになった

我々の祖先である、ホモサピエンスは認知革命を起こしました。

この認知革命によって、架空の物事について語る能力を得ました。

これがサピエンスの言語の特徴であり、そのおかげで協力できるようになりました。

実在しない守護神に向かって何時間も祈っていたら、それは貴重な時間の無駄遣いなのではと思うけど、この虚構のおかげで、我々は単に物事を想像するだけではなく、集団でもそうできるようになりました。

守護神に向かって祈るという事は信じるということであり、これは人を信じさせることの強さを示しているように思えます。

歴史の大半は、どうやって厖大な数の人を納得させ、神、あるいは国民、あるいは有限責任会社にまつわる特定の物語を彼らに信じてもらうかという問題を軸に展開してきた。

「サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福」より

人は信じる生き物であるから、弱くも強い生き物だと思います。

そして、それは人が変化していける存在であることに通じるように思えます。

例えば、1900年に生まれ、100歳の天寿を全うしたベルリンの女性を想像する

1対1で喧嘩をしたら、ネアンデルタール人は我々の祖先であるサピエンスを打ち負かしていたでしょう。

しかし、サピエンスはこの認知革命により何百人という規模の争いを行う事を可能にしました。

例えば、1900年に生まれ、100歳まで生きたベルリンの女性がいたとしましょう。

彼女は子供時代をヴィルヘルム二世のホーエンツォレルン帝国(プロイセン帝国)で過ごします。

成人してからはワイマール共和国、ナチスの第三帝国、共産主義の東ドイツで暮らします。

そして、再統一された民主主義のドイツの市民として生涯を終えることになります。

この時、彼女はDNAが変わっていないですが、5つの全く異なる社会政治的体制を経験できたことになります。

集団の社会の中で適応していく事ができるわけです。

この認知の能力こそが我々が認知革命の末に得た能力です。

農業に踊らされる人類

農業によって人類は食料の総量を増やすことに繋ぐことができましたが、結果として人口爆発とエリート層の誕生を生んでしまいました。

平均的な農耕民は、平均的な狩猟採集民よりも苦労して働いて、見返りとして得られる食べ物は劣ってしまっていたわけです。

これは、小麦や稲やジャガイモの栽培を人類がしてきたというよりも、逆にこれらの植物種に人類が家畜化されていたという見方もできます。

農業の台頭は、人類史において非常に漸進的でしたが、それにより、より楽な生活を人類は探求し、贅沢を求めてしまいました。

ここからも一つの人類史においてというより歴史における鉄則があるので学んでおきたいと思います。

それは、贅沢品は必需品となり、新たな義務を生じさせるという事です。

人はある贅沢品に慣れてしまうと、それが当たり前になってしまい、それに慣れて、ついには、それなしでは生きれなくなります。

農業革命によって生まれた格差と贅沢の罠に人類は踊らされてきてしまいました。

農業革命以降、人類社会はしだいに大きく複雑になり、社会秩序を維持している想像上の構造体も精巧になっていった。神話と虚構のおかげで、人々はほとんど誕生の瞬間から、特定の方法で考え、特定の標準に従って行動し、特定のものを望み、特定の規則を守ることを習慣づけられた。こうして彼らは人工的な本能を生み出し、そのおかげで厖大な数の見ず知らずの人どうしが効果的に協力できるようになった。この人工的な本能のネットワークのことを「文化」という。

「サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福」より

農業革命以降、複雑化した無数の社会が生まれていきました。

そしてそのネットワークは文化として形成されて、次第に統一という流れになっていこうとします。

過去3000年の間に人類は統一的なグローバルビジョンを実現しようとしてきました。

そのキーとなる一つが貨幣です。

貨幣は極端なまでの寛容性と適応性を備えた史上最強の征服者となりました。

同じ神を信じていない人々も、同じ王に従属していない人々も、喜んで同一の貨幣を使う。あれほどアメリカの文化や宗教や政治を憎んでいたウサマ・ビンラディンでさえ、アメリカのドルは大好きだった。

「サピエンス全史 上 文明の構造と人類の幸福」より

科学の革命に振り回される人類

現代を生きている僕たちは科学の恩恵を何よりも肌で感じているはずです。

最後は、科学が起こしてきた革命にフォーカスを当てます。

まず、科学者のスタートから。

科学者のスタートは無知を認めるところから出発しました。

「外の世界がどうなっているか見当もつかない」と、外に出ていって新たな発見をせずにはいられませんでした。

そして、そうすることで獲得した新しい知識によって世界を制するという願望を持っていきました。

そして18世紀から19世紀の産業革命。

この産業革命は第二次農業革命といえます。

畜産法が工業化されたからです。

これにより、農業生産と人間の食糧備蓄の急激に増加しました。

産業革命により、人類は周囲の生態系に依存しなくて済むようになった一方で、近代産業と政府の命令には支配されるようになっていきます。

家族の形やコミュニティの形も崩壊していき、見ず知らずの人とコミュニティが作られるようにもなっていきました。

今も人類は科学革命によって急激な変化を目の当たりにしています。

しかし、家族やコミュニティは、富や健康よりも幸福感に大きな影響があります。

緊密で協力的なコミュニティに暮らし、強い絆で結ばれた家族を持つ人々は、家庭が崩壊し、コミュニティの一員にもなれない人々よりもはるかに幸せだといいます。

科学によって生活が豊かになった今だからこそ、自分の幸せについて考えることが大切なのかもしれないです。

だからこそ、本のタイトルは「文明の構造と人類の幸福」なわけなんだなと思ったわけです。

ちなみに、、、

2000年、戦争で31万人が亡くなり、暴力犯罪によって52万人が命を落としました。

犠牲者が1人出るたびに1つの世界が破壊され、家庭が台無しになり、友人や親族が一生消えな傷を負ってしまいます。

一方で、その年に81万5000人が自殺してしまっています。

幸せでなかった人や絶望を感じた人が自ら命を絶ってしまう訳です。

生きていてほしい人が先に死んでいくのは悲しいです。

科学はとても素晴らしいものだと僕は思っています。

この数を減らすためにも科学でその原因に立ち向かっていけることを目指せれば理想なんだろうなと思っているわけです。

最後に

現代に生きる自分たちが、農業もまだなかった時代の人たちより幸せなのかという問いにははっきりとyesとは答えられないです。

最後には幸せを考えさせられる、人類史の本で、とても意義のある時間になりました。

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